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山中湖畔にて(1946)櫻井晴二 一、朝の湖畔
うっとりしてゐると、自動車のエンジンの音が、あたりの静けさを破って聞こえて来たかと思ふと、間もなく「アメリカ兵」が三、四人、ジープに乗って湖畔を旭ヶ丘の方へと走って行った。派手な服装をした若い女達が三々伍伍湖畔を散歩して居る。知らずしらずこれらの人々にさそはれて、それとも美しい景色に釣られてか、私達はいつしか快い朝風に頬をなぶらせながら、湖畔を散歩して居た。旭ヶ丘のニューグランドホテルが段々とクローズアップされて、女王の如く湖面を威圧して居る。 |
二、夜の湖畔夕方の静けさを味はひたいものと思って、ぶらりと湖面に出た。湖面も、岸の山々も、共に暮色に黒ずんで、その境界ははっきりしない。富士は真晝と打って変って、まるで真黒な巨大な魔物の上にのしかゝってくるのかと思はれるばかりに、夕空にそびえてゐる。対岸の燈火がちらちらと水面にうつって、言い尽せない程美しい。晝間O君や三年のH君とボートを漕いで行ったのは、あの部落だらう。 月見草の沢山咲いて居る足もとの草むらでは、虫が細々と鳴いて居る。夏とはいひながら、高原には早くも秋がしのび寄って、虫の音も聞える。闇夜の空には星が美しく輝いてゐる。いつしか富士の真黒なかたまりも見えなくなった。夕暮から夜になったのである。あたりはしーんとしづまり返って、ちゝゝゝゝと鳴く虫が一層淋しさを増す。ぞっとする様な静けさだ。人間世界とは思はれぬやうな静けさに立ち去るのが惜しい程であったが、うすら寒い夜風が肌にしみて、寮の方からN君やT君達のドンチャン騒ぎにひかれて、湖畔から寮へ引返す。時々振り返っては、暗い木立に見えかくれする対岸の燈火を眺めながら、虫の声は歩くにつれて私を迎へ、そして私を送ってくれた。
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text by s.sakurai, photo by k.oda and graphic by n.takano
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