風来日記

西日本の旅

(第1回/3月13日〜3月20日)


3月13日 火曜日 晴れ

7時起床。天気予報通りよく晴れており、ちょっと寒いが風来の旅本日出発とする。今回は5月に帰宅するという期日が決まっているのでいつまでも出発を延期する訳にもいかない。

朝食後残りの準備をして9時20分出発。途中で箱根の山荘の鍵を持参するのを忘れて取りにもどり9時半再出発。5月の帰路に寄って山荘を開ける予定。

千鳥町より首都高に入り羽田で降りる。R15、R1を走り横浜を過ぎた辺から茅ヶ崎まで渋滞で約1時間。大磯の海岸で昼食を摂ろうとうろうろするが工事中ばかりで適当なサイトが見当たらずそのまま酒匂川を超えて小田原に入ってしまった。

昼食はパスして小田原百貨店で夕食用の食材(とんかつ、サラダなど)購入。

湯本でまた渋滞(30分)これは道路工事による片側通行。

3:30 芦ノ湖越しに見る富士は雲で半分顔を隠しているが風情がある。外気は思ったほど寒くないが夜は冷えるのだろう事を考え早々に山を降りる。

山中城跡見学。前回の風来の旅でもこの道を通ったが気が付かずに通過してしまった。今回は「東海道中記」という本を見ながらの旅でそのガイドに従って散策を兼ねて寄ってみる。北条氏が小田原防衛の為に築いた城で、砦を囲む障子堀という格子状の堀が山城ならではの形でおもしろい。しかしこれで敵が防げるとも思えない。秀吉に半日で落とされた由も納得。訪れる人もなく1時間ほど見て回るうちについに誰にも会わなかった。茶店もしまっている。

三島を見下す高台を今夜の泊地とすべく見て回るが適当な場所が見当たらない内に三島市内に入ってしまった。

ナビを頼りに狩野川河畔R136の側道に停めて泊地とする。夕闇がせまるに連れて三島の街の灯りの向こうにくっきりと直立する真っ白な富士が見応えある。

トンカツとN氏の九州土産のめざしで一杯。

10時就寝。

 

3月14日 水曜日 快晴

朝方寒くて目が覚める。車内でも息が白い。用心に持って来た予備の毛布を引っ張り出して掛ける。6時40分起床。朝日が当たり暖かくなる。目の前に大きくそびえる富士は雲ひとつ無く絶景。

辺りの散歩。朝食は和江が持たせてくれた豚汁とご飯とサラダ。日記書きをして送信。

9時45分出発、すぐ傍に「伊豆 村の駅」というのがあったので寄ってみる。野菜の直売があり菜の花、トマト、キューリ調達。

三島市内に戻り体育館のPに停め市内散策。現役時代関係会社(BJ)に来る度に三島駅に降りたが車で通過するばかりだったので今回はゆっくり散策。

富士の伏流水が湧き出して親水の街という感じ。白滝公園という名前はすばらしいがそれほどでもない公園を通って三嶋大社に入る。小振りながら立派な社殿。「富士の白雪やノーエ・・・」のノーエ節は農兵隊(農業をしながら緊急時は兵隊になる)が語源だと知った。それも韮山反射炉の江川太郎左衛門が組織したものと知った。境内で陶器市が開かれていたので眺める。陶器は買わなかったが美味い高菜漬けを売っていたので購入。

三島の西外れにある柿田川湧水公園に行こうとナビを探したが見当たらず。とりあえずR1を西に走って沼津に来てしまい引き返す。湧水公園の前にあるスーパーに停めてそのかわりちょっと買い物をする。湧水池は忍野の湧水と同じ様な湧き水があちこちにある。ただ忍野とは違い商業化されていない公園の中にあるのが良い。水があると行って見たくなる傾向がある自分に気が付く。

駿河湾の桜海老を食べようとガイドブックによる店「玉鉾」をナビにインプットして走りだしたが一般道を指定したにも拘らず東名に入る様に案内する。理由も分からず趣旨に反するが取り敢えず東名富士ICに入る。途中の富士川SAで停めて調べたら高速道路上に目的地を設定した様で玉鉾にも行けないばかりではなく、由井正雪の実家である紺屋や富士と駿河湾が遠望できる薩堆峠も皆パスする事になってしまった。SAで遅い昼食。

豚汁と卵かけご飯。

清水で東名を降りてR1を走る。笑福の湯という案内看板に従って風呂屋に向かうがその案内が不親切で肝心なポイントに案内が無くなかなかたどり着けない。曲がるべきところを通り過ぎたところに「手前の角を右」などと案内があったりする。4時45分とにかくたどりついて入浴(¥800)。天然温泉ではないけれど露天風呂もあり満足。風呂屋の傍のスーパーで今夜の食材(刺身他)を調達。

大井川の河口付近に泊地の狙いを定めてうろつき西岸に終日開放の公園を見つけ泊地とする。広々として快適。他にも2台泊まっている。今夜も寒い。

気象庁の桜開花予想が計算間違いであったとラジオ放送。静岡は本日が開花予定の筈が本当は19日であった由。それにつられて旅に出たのだが騙された。

 

3月15日 木曜日 快晴のち曇り。寒い1日

6時50分起床。今日も晴天朝食は後回しにして出発。大井川を遡り島田市の大井川にかかる蓬莱橋を見る。ギネス認定の世界一長い木造の橋。900mの長さ。車もバイクも通行不可。歩行と自転車は有料(¥100)。バイクは農業用に限りOKというのが面白い。どのように区別するのだろうか? 所詮無人料金箱があるだけだから自己申告なのだろう。

橋から更に遡って大井川川越遺跡を見物。往時の街並みが復元されている。無料の割にはしっかり出来ている感じ。

その傍に朝顔松というのがある。朝顔という名の女性の悲恋物語。親が決めた結婚相手がいやで旅に出た恋人を探しに家出したが、実は恋人と親の決めた相手は同一人物であった。それも知らずに死んでしまうというお話し。ちょっと出来すぎの様だ。

R1に戻り掛川に行き掛川城見物。今川氏が作り後に山之内一豊が整備改革した城で平成6年復元。丘の上に立つ天守閣は美しい姿。

街並みもそれに合わせて白壁作りをしているが、街全体としては統一性に欠ける。東野の街の方が統一されて美しかった様な気がする。

R1にもどり磐田(いわた)市に向う。途中で満開の大きな菜の花畑を見つけてパチリ。磐田市の旧見付学校を見学。明治5年に学校制が出来て3年後に開校には驚き。宮大工が作ったという洋風5階建てにも関心。それに見学無料というのにも感激。

浜名湖畔舞阪宿の脇本陣見学。昔の姿を残す作りはおもしろい。ここも無料にまた感激。

すぐそば浜名湖畔の雁木(がんげ 船着場)を見るがなんの事はない。

浜名湖を渡り湖畔に沿って北上。湖西市のスーパーで食材購入。寒さに備えてコンロのガスを大量に調達。

浜名湖の北端のPに多くのワンボックスが停まり大勢の若者がウィンドサーフィンの片付けをしている。大学の対抗競技の様だ。その端っこに停め、松の枝越に夕暮れの浜名湖を眺めながら一杯。

 

3月16日 金曜日 快晴

6時50分起床。今朝はそれほど寒くなくしっかり寝られた。湖面に映る朝日が美しい。昨夜眠くなって中途になってしまった溜まった日記書き。

9時頃になると多くの若者が出てきてウィンドサーフィンのフィッティングをやっており、その内に湖に滑り出した。きっとレースを始めるのだろう。

クラッカー、スープ、野菜ハムサラダの朝食。三島の村の駅で購入した新玉葱がうまい。

11時出発。姫街道と呼ばれたR362を走り愛知県に入る。

12時半豊川着。豊川稲荷参詣。順調な旅に感謝。境内の桜が僅かながら咲いているのを発見。寒い毎日ながら嬉しくなる。

給油50リットル。ローソンでゴミを捨てさせてもらいヨーグルト購入。

御油(ごゆ)の松並木資料館に入る。昔の家並のジオラマや本物ではないだろうが広重の五十三次の絵なぞを眺める。ここもただ。この地方はこの様な展示物を見るのに無料が多い。反対に国道のトンネルに通行料が取られる。これも関東以北ではなかった現象。

家康の命で植えられたという松並木を通過。600メートルに亘り松並木が続くが古木そうな木は見当たらない。天然記念物だそうだが別に珍しくもない。

ここから旧東海道を離れて陶芸の里 常滑を目指す。

軍資金が乏しくなったので郵便局をナビで調べるとすぐに見つかり金を降ろす。ナビは便利。

常滑民俗資料館に入り常滑焼の歴史見学。鎌倉時代から製陶が行われていた由。常滑やきもの散歩マップ入手。観光協会に電話して日帰り入浴が出来るところを教えてもらう。市内から6キロ南の海に面したホテル。最上階が展望風呂になっており、伊勢湾の向こうに広がる紀伊半島に落ちる夕日を眺めながら常滑焼の狸と一緒にゆっくり入浴。

ホテルに向う道すがらめぼしをつけた漁港の広いPを泊地とする。街灯もあり快適。

りんくう(空港)の光を眺めながら夕食。車外は冷たい風が強く車をゆする程度。

10時半就寝。

 

3月17日 土曜日 晴れ強風

6時起床。外は風が強く寒いが、車内は太陽が当たって気持ちが良い。

日記書き、記録整理。水が無くなってしまいなるべく水の要らない朝食。

9時30分出発。15分ほどで常滑市内到着。陶磁器会館のPに停め館内見学。常滑=朱泥と思っていたら朱泥の急須はごく一部。

引き続きやきもの散歩道を散策。道標に従って丘の上に点在するギャラリーや窯を見て回る散策1時間コースができていて地図もある。風が強く寒いので登山用に持参した冬のジャンパーに手袋をはめる。ギャラリー毎に特徴をだそうとしているのが良く分かる。陶芸で飯を食うのは大変なのだろう。

団子屋があって食べながら歩くと食べ終わるであろう所に櫛捨て容器が置いてあるのは可笑しかった。常滑の主流は明治大正、昭和初期まで続いた土管、陶瓶、衛生陶器などだったらしい。道の舗装や壁に土管や焼酎瓶が使われている。きっと過剰生産で膨大な在庫が出来てしまったのだろう。陶芸としてはあまり参考になるもの無し。

ここから紀伊に行こうか瀬戸に行って焼き物を見ようか悩んだがここまで来たのだから瀬戸に行く事にする。名古屋を通過するのに天白区で大渋滞に嵌ってしまった。その原因は道路脇のビル工事の為に道を半分塞いでコンクリートポンプ車を停めている。あきれたものだ。

途中の公園を見つけ給水。

愛地球博会場跡を通過して愛知陶磁器資料館に行く。広大な土地に立派な建物。中も広々とした展示スペース。監視の為かあちこちに女性が所在無げに座っている。しっかりお金を使っている感じ。残念ながら皆若いけど可愛くない。たっぷり1時間余見学。

瀬戸市内に入り観光案内所で地図をもらい、スーパーで食材調達。

泊地をさがしてうろうろ。結局もらった地図による尾張旭郊外の森林公園内のPを泊地とする。ほたるいかの刺身が美味。ただし兵庫産。

 

3月18日 日曜日 快晴

5時50分起床。窓の曇りを拭って外の様子を見ようとしたら、結露が凍っているのには驚き。この冬に家では一度も見られなかった現象をここに来て見るとは。

寒いので地球に優しくないがエンジンをかけてヒーターを入れる。昨日に比べ気温は低いが無風はありがたい。周りを散歩。朝食、記録整理。

9時半出発して瀬戸に行き昨日のスーパーに停めさせてもらう。

歩いて瀬戸市内見物。陶祖籐四郎を祀る陶彦神社参拝。境内の陶製梵鐘を見る。戦中の金属回収の為に作ったもの。これを突くには気を使っただろう。

猫の置物ばかり2000点以上が置いてあるねこミュージアムを見学。いろいろな表情がおもしろい。窯板、ツクなどの窯の道具の廃物利用をした石垣ならぬ窯垣の道を歩く。常滑は土管と焼酎瓶で垣根を作っていたがそれよりずっと風情がある。

街外れにある本業(磁器が新業と呼ばれるのに対して陶器を本業と呼ぶ由)の登り窯見学。往時は職人を数十人かかえ年に数回焚いていたが今は使っていないそうだ。周りは磁器(新業)の工場が散見されLPGの大きなボンベが並んでいる。

街の中心にもどり瀬戸蔵というイベントホール(?)に行く。瀬戸物屋もあるが2階に陶磁器関係の展示物がある。陶磁器の歴史や作り方が見本で展示され興味深い。美人のお嬢さんが大鉢に絵付けをしていたので写真を撮らせてもらう。

2時間半の散策で疲れ、車にもどる前に停めさせてもらったスーパーで食材他調達。

瀬戸から更に北上し犬山の明治村に行く。途中の畑の中に止めて昼食。瀬戸のスーパーで購入した桜えびのかき揚げのうどんが美味しい。

2時40分 明治村着。広大な土地に多くの(50位?) 建物が移築復元されている。

入村料¥1,600も仕方が無いのかな? 徳川無声、森繁久弥に続く現村長は我が母校の先輩でもある小澤昭一だそうだ。1時間40分かけてそれでも早足で建物を一つずつ見て回る。昔の懐かしいものに出会えて楽しい時間を過ごした。

犬山を出て伊勢に向って南下。名古屋の郊外の川べりに建つ「湯」という大きな看板を掲げた大きな建物に入る。駐車場に入るのにも渋滞で10分ほど待たされる程の盛況ぶり。風呂場も混んでおり洗い場の場所もなかなか空きがない。

入湯料¥750でこれだけ客が入るのには驚き。

更に走って四日市の手前の大きなドーム球場と思われる前のPを泊地とする。

就寝12時半

 

 

3月19日 月曜日 快晴

7時半起床。霜注意報が出ていたが今朝は昨夜ほどは寒くない。

日記、記録整理。メール返信を作るが交信不可。10時出発。R23で伊勢に向う。

100円ショップでプラスチック籠を3個購入して車内の整理をしてすっきりした。

スーパーに寄りガスコンロのボンベを大量(9本)購入する。朝晩暖房に使った為4日間で7本のボンベを消費した事になる。暖かさが戻るのが待ち遠しい。

3時伊勢神宮外宮に到着して参詣。1300年の歴史を持つ神社だけあって幹の太い古木が多い。神殿は目隠しの白い布が掛かっており拝む気持ちが半減する。格式を重んじる為なのか写真も禁止。

神殿の隣に大きな広場がありここが20年毎に行われる次回の遷宮の為の場所とある。正殿ばかりでなく周りにある幾つかの小さな別宮にもそれぞれ現在の場所の左に同じスペースが用意されている。リフォームで良さそうに思うが、1300年間に渡る20年毎のスクラップ&ビルドは営々と続いた搾取の象徴を感じる。

引き続き3キロほど離れた内宮に行く。ここも鬱蒼とした森に囲まれた社。遷宮の為のスペースは更に大きい。参拝者に若者が多い事にはちょっと意外。

神宮から13キロ離れた夫婦岩を見物に行く。なんという事はない2個の岩だけどここまで来て見ない訳にも行かないので一応見たという証拠に写真撮影。午後から風が強くなり寒い。ここは日の出の名所との事なのでここで泊まって日の出を見るアイディアもあったが風が特に強く寒いので止めて内陸に向かい泊地を探す。

明日夕会う昔の友人M氏と富田林市方向に向かい川べりの空地に停めて泊地とする。鈴鹿山脈のシルエットが奇麗。風が強くなり時々車が揺れる。

 

3月20日 火曜日 快晴 強風

7時起床、僅かずつながら寒さが和らいでくる感じがするが、川べりを散歩すると風が強く寒くて30分程で車に逃げ込む。車内清掃。

富田林市を目指し西走。8時過ぎ山が良く見える道路わきに車を停めて朝食。サラダ、スープ、マグロ茶漬け。

ナビに従い富田林を目指す。吉野を通過するが桜は固いつぼみ。出発前の予定ではここで花見だったのだけど・・・・・! 今は梅が満開。

途中の峠越えで燃料残量が心配になり給油。ナッナンと@\130!。 10リットルだけにしておく。 昼食はコンビニで買ったサンドイッチとインスタントトマトスープ。

道の駅太子でM氏宅に持参する花をあつらえてもらう。

そこでもらった地図によりで聖徳太子廟参拝。菊花紋も付いてさすがに格式ある廟。

PL教団の平和の塔を遠景。形は不定形でガウディの建築を彷彿される。

4時半N氏の事務所近くに来るが場所が判らない。車を停めて歩いてウロウロしていたらタイミング良くご本人より電話をもらい案内してもらう。

街の景色を見下せる丘の上にある事務所。引越したばかりで奇麗。

事務所から数十メートル離れたところにご自宅。5月から通勤地獄を味わう予定の小生にとって天国の様な環境。

奥様同伴でイタ飯屋にご招待を受ける。若い夫婦で営む10数名程の小さな店で料理が手を抜かず丁寧に作っている感じ。M氏好みを感じる。他のお客も居ない、楽しいご夫妻との会話と料理と切れ味の良いオーストラリアワインで至福の一時。ご馳走になってしまう。M氏邸に戻り2階のプレイングルーム兼ゲストルームに案内される。サラウンドスピーカーが効果的にセットされたホームシアター!!!

更に驚いた事はバスルーム。バスタブの底にジャグジーの噴出孔ばかりでなくブルーのライティング。浴室内の照明を消すと泡のタワメキが天井に映り、外の坪庭のぼんやりとした光が見える。N氏の華麗なる転進を10年後に再度感じ、おそれいりました。

プレイングルーム兼ゲストルームを使わせていただき10時半就寝。


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