川崎春彦・橋本龍太郎対談
川崎 いつか、山中湖のアトリエにきてもらったね。
橋本 それはね、富士山を描きたい一心で探しにいったに違いない場所なんだ。
川崎 富士山に一緒に登ったね、三年前だったっけ。
橋本 それは思い出したくない。下山したら、金丸さんが副総裁辞任の声明をしていた.ちょうどあの日だったんですよ。でも先生はあのとき、いきなり頭が痛いなんていいながら二、三枚スケッチをして居られたでしよう。
川崎 無理やりだまされて連れていかれたんだよ。僕が「富士山は描いているけど、登ったことがない」なんて話したら、麻布の山岳部の連中が…….
橋本 「工事用のブルドーザーで上までいけるから行こう」ってだましたんです。
川崎 「歩かないでいいんだったら行こう」と君を無理やり誘って…….
橋本 でも実は歩いたほうがよっぽど怖くなかった。
川崎 ほんと、あれは怖かったね(笑)。
橋本 ええ。あの胸突き八丁をブルドーザーで上がるというのは、本当に怖い。
川崎 肩凝っちゃった。必死でつかまってたから。足は疲れなかったけどね。
橋本 僕は下りは申し訳ないけど、怖いから「先生どうぞお乗りください」って、歩いて帰ってきた。
川崎 みんなは「写真を撮るから」とかなんとかいって、途中で降りて逃げた。
橋本 あのブルドーザーで下りることを考えたら、命が惜しくなりましたよ。
川崎 それもいままでいったことがない「測候所の玄関までつけろ」と僕がいったもんだから、「やってみます」ってトライしたんだ。そしたらガリガリ、ガリガリってスリップしちゃって……。あれは怖かったね。
橋本 いやー、怖かった!冬の富士山というのは本当に怖いんです。僕は三回ほどチャレンジして、実は一度も登れていないんですよ。その冬富士の怖さなんて、川崎先生のお供でブルドーザーで登った富士山の怖さに比べたら、たいしたことないです。
川崎 しかし、あれは規則としては違反だね。
橋本 いや、だから工事用なんです、あれは。
川崎 工事用か。工事をしにいったんだ。僕は、工事人!
月刊公論・1995年7月号より抜粋