10月も最後の土曜日、思いたって安達太良山の杉田川を遡行してきた。急な計画だったのでけっきょく単独行になったが、落ち葉を散り敷いた滑床、可憐な小滝、山中のいで湯と、晩秋のおだやかな一日を満喫してきた。
 夏が終わり、いつのまにか秋の気配が濃くなるにつれて、しきりに何か忘れ物をしているような気がしていた。都会にいると、当然のことながら季節の移り変わりに鈍感になる。空の色、雲のかたち、樹木の葉、空気のぬくもり、金木犀の香り、など、それでもいたるところに秋はその片鱗をちらつかせているのだが、いつもなにかに急かされている都市生活者は、そんな徴候にもさして関心のない一瞥をくれただけで、意識にとどめるまえにさっさと通りすぎてしまう。季節がわたしたちを通りすぎていくのか、それとも、わたしたちが季節のかたわらを通りすぎるのか。いずれにしても、冬がくるまえにやり残していることがある、という思いが、わたしのなかで日ごとに大きくなっていた。
 忘れ物、それは端的に沢登りだった。いや、もっと、谷に埋もれる、というか、谷の景観に、その沢音のなかに、沈潜するというような感覚だった。この夏は高坂元顕と二人で中央アルプスの片桐松川へ行って、真夏の強烈な日ざしのなか、それなりに満足のいく遡行をはたしたのだが、沢筋がいかにも荒れていて、高巻きが多かったせいもあり、いまひとつ大味な印象はぬぐえなかった。もっと、沢のたたずまいが緻密で、レース織りのように肌理がこまかく繊細で、なんというかそれが、目に、耳に、手足に、染みこんでくるような遡行をしたいと思った。
 そんな漠然とした思いを残したまま、例によって日々は無聊のうちに過ぎ去り、秋も押しせまってこの週末を逃したらあとがなくなってきた。色づく森に、威圧感のない、ひろびろとした沢筋、日帰りで手頃な日程――安達太良山の杉田川に行くことにした。
 10月28日、朝一番の盛岡行き東北新幹線に乗りこむ。それにしても、話には聞いていたがすごい混みようだ。早めに東京駅に着いたので窓際に坐れたが、上野、大宮、宇都宮と、ひっきりなしに乗ってくる。指定席、グリーン席ともに、とうに満席らしい。宇都宮からは立っている人がかなりいた。
 郡山から在来線に乗りかえる。車中にはやはり安達太良山に登るらしい中高年登山者のパーティ。それからジャージ姿の女子高生たち。指にテーピングをしているからたぶんバレー部なのだろう。これくらい東京から離れると、人々の時間は、世代や年代、職業や生活圏の違いがいくつもの異なった層をなして、ある人には均質に、ある人には緩急を交えて、またある人には時代に逆行して流れているのかもしれない。彼女たちの屈託のない表情を見て、ふとそんなことを考える。
 8時2分、二本松に着く。駅前に出ると、バス停にはもうけっこうな人数の登山客が並んでいる。紅葉シーズンで臨時便を出しており、8時10分にはバスが来た。奥岳温泉行き、安達太良山登山の表玄関である。途中の岳温泉で降りたのは、わたしだけだった。
 杉田川に入るには、この岳温泉からさらに南下して、一軒宿の安達太良温泉まで行かなければならない。一軒宿だからバスなど行っていない。岳温泉は大きな温泉街なので、客待ちのタクシーが停まっているだろうと高を括っていたのだが、まだ朝早いせいか一台も見かけない。やはり二本松からタクシーに乗るべきだったのか。しかたがないので、帰りのバス時刻だけ確認して、温泉街の坂道を登っていく。
 開いている酒屋に入り、カウンターのおばさんにタクシーを呼んでくれるよう頼む。さいわい岳温泉に一台いたようで、すぐに来た。お礼がわりにウィスキーの小瓶を買う。
 タクシーには、安達太良温泉から川ぞいに少し行った、車止めの駐車場まで入ってもらう。駐車場には三、四台の車があり、数人の人影が見えた。なんとなく追われるような気分で、車のほうにはあえて目もくれず、そそくさと遊歩道へ向かった。
 杉田川には、入谷して30分ほどの遠藤ヶ滝に不動尊が祀ってあり、そこまで沢ぞいに遊歩道が付いている。めぼしい滝もないので、そこまでは遊歩道を行く。9時20分、遠藤ヶ滝に着く。そこで着がえをし、靴を渓流足袋に履きかえる。そこに中年女性の四人パーティがやってきた。下はスパッツを履きおえていたからよかったが、もう少し早ければパンツ姿を見られたところだ。彼女たちは3メートルほどの遠藤ヶ滝を背景に写真を撮ると、さっさと左岸を高巻いて消えていった。
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